「政治は素人だからこそ語るべき|投票先を言えない社会の問題」
日本人はなぜ政治を話さないのか
「政治は難しい」
「自分は詳しくない」
「間違ったことを言ったら恥ずかしい」
そう思って黙る人は多い。だが、少し立ち止まって考えてみたい。
そもそも、ほとんどの人は政治の素人である。
これは欠点ではなく、民主社会の前提だ。
現代の政治は複雑すぎる|だからこそ謙虚でよい
現代の政治は、経済、外交、社会保障、歴史、価値観――
あらゆる要素が絡み合う「複雑系」になっている。
専門家同士ですら意見は割れる。
ならば、迷うのは当然だ。
むしろ、この複雑さの中で過剰な確信を持つほうが不自然ではないか。
間違ってもいい民主主義|政治を語る勇気
政治的な発言が萎縮する理由は、無知ではなく恐れだ。
・間違ったらどうしよう
・攻撃されたらどうしよう
・空気が悪くなったらどうしよう
だが本来、社会はこう動く。
人は間違う → 話す → 修正する → 少し近づく
沈黙は安全だが、公共は育たない。
確信ではなく、暫定
必要なのは確信ではない。暫定だ。
・今はこう思う
・まだわからない
・変わるかもしれない
この姿勢こそ、複雑な政治への誠実さだ。
投票先を言えない社会|政治的沈黙の問題
日本では、自分の投票先を言わない人が多い。
対立を避けるため、関係を守るため、それも理解できる。
だが一方で、投票先が完全に沈黙の領域になると、社会は本音を失う。
・なぜそう選んだのか
・何を期待したのか
・どこに迷ったのか
こうした言葉が交わされてこそ、政治は「遠いもの」から「自分たちのもの」になる。
重要なのは、言うことではなく言っても壊れない関係だ。
同じでなくてよい。
違ってもよい。
変わってもよい。
この前提があれば、投票先は対立の種ではなく、理解の入口になる。
素人だからこそ政治を語ってよい|市民社会の成熟
結論は単純だ。
素人だからこそ、発言してよい。
素人だからこそ、間違ってよい。
民主主義とは、完成された意見の競技ではない。
未完成な人間たちの試行錯誤の過程そのものだ。
政治が複雑になった時代に必要なのは、沈黙でも確信でもない。
わからないまま考え、語り続ける態度。
私たちは皆、素人だ。
だから声を出しても大丈夫だ。
そして――
違う一票を語り合っても、大丈夫な社会を構築することが大切だ。