仏法

最善な生き方の考察

kofukuji

ただがむしゃらに生きることと、先人が残した智慧に沿って生きること、どちらが正しいのだろう?

仏教(私は基本的に禅)を勉強していると、世俗的な欲望を追い求めても、今ここをしっかり生きれば問題ないという結論に行き着いたりする。

一方で、結局は悩みの原因は欲望だというのも確かなので、世間を捨てて戒律にのっとる生き方により、かなりの精度で欲望を捨てる(全部ではない)ことができるというのもわかる。

やはり人間としての一大事である生老病死をどう解決するかが焦点だろうから、これを乗り越えられるのは後者な気がする。

ポイントは、後悔が伴わない欲望を追い求め続ける生き方が可能かどうか?というところだろうか

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